「明石」の由来
それぞれの地域の名前には由来があります。
当然、明石も!
明石と言えば、日本中、誰もが知る地名となっています。
今では明石と言えばいろいろなものが思い浮かぶと思います。
でも、それも明石と言う名前があるから、より想像力が働きより豊かな文化になってきます。
明石市のホームページを見ますと「明石」の名前の由来が載っています。
以下「明石市」のホームページから引用します。
日本書紀の中に、「645年の大化の改新の時に、畿内の西の端を赤石の櫛淵(あかしのくしぶち=今の明石あたり)に定めた」との内容が書かれています。
そして、奈良時代には「あかし」の地名があったことがわかります。
どうして「あかし」と呼ばれるようになったかには、いくつかの説があります。
その一つが林崎松江海岸の沖に沈んでいる「赤石(あかいし)」という岩の呼び名から「あかし」へと変化したというものです。
また、畿内の入り口に位置する明石市は、夜に西の方から見ると明るい土地であったため、「あかし」になったとの説もあります。
浜の散歩道の林崎松江海岸近くにある「赤石の碑」です。
※浜の散歩道は、明石川に架かる大観橋の西側から海岸沿いを西に江井島までの東西約8Kmの散歩道コースです。
「赤石の碑」の横の「赤石のいわれ」の説明板です。
「赤石のいわれ」の説明板には次のように書かれています。
赤石のいわれ
ここ松江の浜から約二十メートル沖の海底にたて横1.5メートルほどの赤い巨石があって赤石とよばれ、陰暦三月三日の大早潮には岸から石の赤い色が見えるといってにぎわったものです。あかしの地名がこの石から名付けられたといわれるのは、この石が信仰に関係があるからでしょうか。古代には赤石と書いてあかしと読みました。林から小豆島に続く砂瀬は鹿が行き来をしたからだといわれ、その鹿が矢で射られたのでその血が染まって赤い石になったともいわれています。
「赤石の碑」の前の林崎松江海岸です。
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